時間よ止まれ……。個展開催まであと2週間

 
個展開催まであと2週間…「も」あるのか、「しか」ないのか。
いつもの如く準備は「着々」とは進まず、まだ迷いながら制作中。
作品はもちろん、会場の中と外用ポスターや掲示板などその他備品も作らないといけないのかよ。うちのやつができる訳じゃなし。自分でやるしかない。
ア゛ 〜〜
余裕を持って行きたいがどうせ前日まで、いや当日も徹夜した挙句バタバタしながら展示会場に向かうのだろう。
 
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DMはとりあえずこれで完成…でいいか。時間も無いしな…。
 
 

写真の神様と出会うために

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北海道小樽市石山町14番 /14, Ishiyama-cho, Otaru-shi, Hokkaido

 
 ア ナ タ ハ 神 ヲ シ ン ジ マ ス カ …? 
 
 日本には八百万の神がいるという…。外国のことはよくわからないがこの国で写真が語られる時も話の中に出て来ることがある。素晴らしい被写体との出会い、完璧な光と構図、ドンピシャなタイミング…。そんな一瞬と出会った時、「写真の神が降りてきた」なんて表現することがある。写真には「運」のようなものが必要だなぁと思い知らされることはしょっちゅうだ。悔しい思いを何度させられたことだろうか…。だからそんな瞬間と出会うために今日も歩いて歩いて歩きまくる。納得できるまで何度も何度も切って切って切りまくる。
 当然だが写真は絵画と違い、思い描いたイメージをそのままカタチにする事はできない。あらゆる状況を受け入れながらもそこを突き抜けて、さらなるイメージを目指して行く。もしそこに辿り着けた時、痺れるような感動が体の中を電撃の様に走る。感動は麻薬だ。その感動をまた味わうためにあらゆる努力を積み重ねる。だから写真は一旦始めると永遠に辞められなくなる。
 でもその一方で時にその完璧さが外れたというか、タイミングを逃した、なんとなく写してみた、みたいなのも案外良かったりするんだけど…。

 

12月の写真展 開催概要

白川裕理 写真展『貌花 KAOBANA』
 
永年追い続けている花をテーマに写真展を開催します。
花のポートレート写真が20点前後、小樽や札幌などで写した花の咲く風景・スナップ写真が40~50点ぐらいになる予定です。(目下制作中!!)
 
会 期/12月11日(水)~15日(日)
時 間/10:00 ~ 17:00
会 場/札幌市民ギャラリー2階 展示ホール1
    http://www.sapporo-shimin-gallery.jp/index.html
住 所/札幌市中央区南2条東6丁目
    地下鉄「バスセンター前」駅10番出口から南(右手)へ徒歩2分
入場料/無料
 
★専用の駐車場はありません。近隣の有料駐車場を利用するか公共交通機関をご利用ください。
 
※「貌花(あるいは容花)」とは「かおばな/かほばな」と読み〝 美しい姿をした花 〟を意味します。
万葉集に出てきた古い言葉で、昼顔・燕子花・ムクゲなど、どの花をさすのか明らかではないのですが、朝に咲く美しい姿をした花の事を「朝のかおばな」と呼び、それが「朝顔」の語源になったと言われています。(これについては諸説ある)
 
開催までちょうどあと1ヶ月。興味のある方は是非お越しください。
 
 

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札幌市民ギャラリー / 2011年撮影

東京2020 五輪のマラソンと競歩が札幌で開催される方がいいと思える個人的見解

 今日の昼から開催されたからIOCとの4者協議を終えて、来年の東京五輪のマラソン競歩が札幌で移転開催されることが正式に決まった。突然決定事項だとIOCから宣告された小池さんの気持ち、これまで準備を進めてきた事を考えると気の毒に思えるが、そもそもドタキャンと言えば小池知事が就任当時すべてを見直すとIOCやオリンピック委員会、東北の人達を混乱させたのは記憶に新しい。任期終盤に来てバッハ会長からブーメランが帰って頭に刺さってしまったわけだ。私には自業自得に見える。でも今回の件、棚からぼた餅というか天から降って湧いたようなあり得ない話だ。オリンピックを生で見られるのか…。こうなればちょっと直に見に行こうか…なんて気持ちになる。倍率が高く取りづらい高額なチケット、同じく取れるかどうかもわからないホテルや飛行機の予約。そしてあのクソ暑い8月の東京。個人的にはそもそも諦めていたというか、直に見に行くよりテレビで見てるのが一番だと考えていた。それはきっと私だけではなかったはずだ。
 今回はIOCが選手の体調を考慮したのが大きな理由だが、札幌で開催されるのがいい点を私なりに斜め読みしてみた。あくまで私の個人的見解だが。
 マスコミではマラソンを「みんなが期待していたから」とか「最終日のオリンピックの花形種目だから」と、東京で開催することに拘っていたけどその花形種目のラストシーンにおいて日本人が金メダルを取る可能性は極めて低い。いや、メダルを取ることさえ非常に困難であるということがわかっていないのだろうか? かつて日本陸上界は男子は瀬古、宗兄弟、中山、森下、女子は有森、高橋、野口とマラソンで大きな結果を出してきたが、もうそういう時代はとっくの昔に終わったのだ。高橋・野口が金メダルを獲った頃、層の厚かった女子の選手達や箱根で活躍したスター選手など、実力のある人材を世界のトップに育成できないまま皆いつの間にか引退させて、良い流れを完全に断ち切ってしまった。日本はもうマラソン大国なんかじゃない。今現在、その実力から言って表彰台にはケニアなどのアフリカ勢が独占しても何らおかしくない状況だ。男も女も。世界のトップと比べて日本のランナーの実力差は大きく弱々しい。オリンピックでは基本的に実力のない者がまぐれでメダルを取ることはできない。「なんだ、せっかくこんなに準備したのに日本人選手全然だめじゃん」なんて状況が予想される。最高潮に達したお祭り気分はラストシーンの所謂花形種目で一気に冷めてシラケる可能性がある。これは致命的だ。マラソンはもう日本にとって花形競技でも何でも無い。反して競歩は今、世界トップのレベルにいて金メダルを取る可能性、日本人ワンツーフィニッシュも全然夢ではない。個人的にはものすごく期待しているのだがこの競技、強烈に地味でマイナーな種目で現在注目度は〝 全く無い 〟と言っていい。だったら遠い札幌で午前中にさっさと終わらせて、カメラを東京の会場にすぐ切り替える。そしてそれまでのメダルの成果でも振り返りながら勝利の酔いが醒めないまま閉会式に繋げて、派手にフィナーレを迎えるのが皆最後にHAPPYになれるのではないか。
 もう一つ前向きな考え方として、これで東京の会場で行われるパラリンピックのマラソン競技というものが、俄然大きく注目されるのではないか。思いっきり選手を応援しながら鬱憤を晴らすがごとく東京の街をアピールしまくって盛り上げてやればいいんじゃないの? これって結果いいことだよね? 2つの大会が終わった後、案外「良かったなぁ」なんて皆が思えるようになるのではないかと私は結構楽観的に考えている。
 
「場所が変わったので僕たちもうメダル取れましぇ〜ん。」なんて泣き言を言うようであれば日本のマラソンは終わりじゃないの? もうとっととやめたほうがいいよ、瀬古さん。
 今年のドーハの世界陸上競歩で金メダルを獲った山西選手のような、どんなに暑くてもどんな場所でやっても勝つ、あぁいう強さみたいなものを日本のマラソン界はもっと見習ったほうがいいよ。
 
 
 

神戸4教師とバグダディ

 日本時間27日、日曜日午後10時からアメリカのトランプ大統領の緊急演説。(事前にネットなどで出ていたが、確かNHKも中継していなかったな)過激派組織ISの指導者、バグダディがアメリカ軍の作戦により殺害されたという。ISの活動がこのまま衰退して行くのか、それとも影響は少なく、ISに感化された人間が世界各地でテロを引き起こすのか? 先行きは不透明だ。
 自分はムハンマドの後継者と勝手に説きながら宗教の力というものを利用し、多くの若者を戦場に向かわせ、あるものは自爆テロをさせる。街や村を襲撃すると男は皆殺しにされ、女は無理矢理連れ去られて家畜のように売られると、レイプをして思う存分楽しんだ後子供を孕ませられる。生まれた年端もいかない子供達にすぐ銃を持たせ戦闘要員に育てる…。大勢の人達を死に追いやる間にテメェは逃亡を続けながら砂漠の中のデカイお家で何人もの妻と子供に囲まれ、毎日腹を空かせる心配もなく自分はのうのうと生き続ける。こういう連中はぶっ殺されて当然だろう。
 このニュースを聞いていて神戸のクソどもの事が頭に浮かんできた。神戸のイジメ4教師。親玉のベテラン〝 学年主任 〟の女教師、手下の3人は〝 イジメ担当 〟の教員(既婚者で餓鬼もいるらしい)。自分は〝 教師 〟だという聖人ヅラして子供に指導する。被害教員のクラスの子に向かって〝 先生に反抗してクラスをメチャクチャにしろ 〟と嗾ける。子供達の目の前で蹴飛ばす、イジメる。4教師の真似をして子供達もイジメというものを始める…。なぁんだ、結局ヤツらISと大して変わらないじゃないか…。でも法律上ヤツらをぶっ殺すことができない以上、4教師は社会的に抹殺する必要がある。社会のゴキブリ共はサッサと駆除しなければならない。
 くだらない極論だろうか? 私はそうは思わない。

逆にモダンに見える

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北海道小樽市稲穂4丁目6番 / 4-6, Inaho, Otaru-shi, Hokkaido


 時間をかけながら錆びて風化していく壁面をよく見かける。ああいう味のある雰囲気が好きな反面、こうして新しく綺麗に塗装なんかされていると逆に抽象的でモダンな建築物みたいに見える。

 

私達は日本の歴史の中で生きている

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 天皇陛下が即位を宣言する即位礼正殿の儀が今日執り行われた。外出はせず午前中からずっとTVで見ていた。欧米のそれに比べれば地味かもしれないが、簡素でゆっくりと、でも慎重に厳かに。色合いは美しく。日本はこういう感じでいい。激しく降っていたように見えた雨も最後には上がってくれて良かったのではないか。

番組の中で  “ 伝統は常に最先端 ”  という言葉は印象的だった。

 儀式も時代と共に変化してきたそうだ。昔は中国が最先端。儀式には中国の様式に倣ってきたが、やはり昔の日本人もここに何か日本的な物を盛り込みたかった…。日本の美術・芸術の道のりも似たところがある。さらに高御座に天皇、御帳台に皇后陛下が登り、両者が揃って儀式を執り行うのはヨーロッパの方式から取り入れられ大正天皇の頃から始まったと聞く。そうやって時間を掛けながら取り入れつつ、日本流のスタイルを作り上げていく…。

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 普段生活をしていると意識することなんてないが「そんなの関係ねぇよ」と思っている連中も含めて結局我々はこの国の歴史の中で生かされているのは否定できない、これは逃れられない事実なんだ。
 
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