The Art from Hokkaido by SHIRAKAWA Hiromichi

Japanese artist's gallery and diary

2018年(平成30年)9月6日 午前3時7分 北海道胆振東部地震/あの悪夢から一年

 あの時、一瞬の内に目が覚めたのをよく覚えている。グラっと大きく揺れる直前のまさに今動き始めるか、始まる前の瞬間だ。『来たっ』と感応した。これはヤバイかもと思ったのと同時に瞬時に反応できた人間の体はなんて凄いんだと呑気に考えていた。マグニチュード6.7、札幌では震度5の地震で、幸運にも我が家では何も倒れず私自身もケガなく済んでくれたが、道内全域で所謂ブラックアウトになった。札幌だけではない。全道だ。これじゃどこにも逃げ場はない。ジタバタしてもしょうがなく朝まで起きているしかなかった。電気はダメ水道もダメ。ガスは使うことができた。適当に調理するぐらいならできる。TVはダメ。頼れるのはラジオの情報だけだった。夜が明けて日中はさほどでもなかったが、夕方ぐらいに早めの晩御飯を食べ夜になってからどうしようかと思った。蝋燭もあるにはあるが暗い中それに火をつけて無理に時間を潰すのも意味がないと思い7時か8時くらいには床に入って寝てしまった。早く寝すぎたせいで真夜中あたりに目が覚めた。通りの街灯も信号機も灯いていない闇の中、明日はどうなるんだろうと考えた。まるでこの世界に自分しか存在していないのではと一瞬錯覚してしまうほど周りは静かで声ひとつ聞こえてこない。でも実際はあの沢山の窓の中にはジッと人々が息を潜めて生きているはずなのだ。でもこういう感覚を経験できたのは貴重な経験だったかもしれないと今になって思う。時折走ってくる車のヘッドライトの閃光が一瞬だけ周りの建物を照らして行く。都心だけ光が煌々としていたのが印象的で違和感を感じた。ちょうど昨年は北海道150周年(同じく明治維新から150年)という記念すべき年で、まさかこういう事が起きるとは。北海道にとっては歴史的出来事だった。記念にとシャッター切っていた6日の夜で7日午前1時半前、突然TVがついた。電気が復旧した(地域や場所で差があったようだ)。蛇口から水が吹き出してきた。あの時、全身から息が抜けるようにホッとした。
 北電はメディアの質問に想定外のことが起こったというが、そもそもその想定自体に甘さがあったんじゃなかったか? だって北海道全部だよ。全域ブラックアウトって、なんかおかしくないか? 苫東とその周辺やられただけで全部やられるのかよ。あまりに脆弱すぎだろ!素人じゃないんだからさ。
 正直札幌という街は震災には縁がないものと思っていたが、ついに私もこの歳になって俄か被災者になってしまった。とりあえずあの時は1日ぐらいでなんとかなり、1週間後にはいつもの生活に戻った(震度7に見舞われた東部の方は大変な被害を被り、今なお先の見通しが立たない方がいる)。でもそれと比べて街がメチャメチャに破壊され、超長期間インフラが止まり毎夜やってくる不安と避難生活を強いられた東北や熊本の人達の計り知れない苦労は途轍もないものだったろうと、ちょうど一年前の今日私は身にしみるほどによく分かったのである。

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2018年(平成30年)9月7日(金) 午前1時半頃、闇の中で煌々と輝いていた札幌都心部